栗城史多さんがエベレストで遭難し低体温症で死去
登山家の栗城史多さんがエベレストで遭難し、低体温症でお亡くなりになったそうです。
35歳という若さでこの世を去ったというニュースに驚いてしまいました。
まずは栗城史多さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
今回、エベレストの登頂に挑戦中、途中で体調不良を起こしてしまい、その下山中での出来事だったそうです。
7,400mで体調不良を起こしたみたいですので、もしかすると高山病を発症したのではないかと思われます。
風邪(インフルエンザ)をひいていたみたいで、高熱で咳もしていたとの情報がありますので、もしかすると呼吸がうまくいかなかったのかも知れません。
呼吸が上手くいかなければ体も動かなくなってしまいますし、標高7,400mですと昼間でもマイナス20度前後の気温だと思いますので、途中で低体温症を発症してしまったのだと思います。
※標高が100mがあがると気温が1度(0.6度)下がります。
栗城史多さんの挑戦は「単独・無酸素でエベレスト登頂」ですので、酸素ボンベを携帯していなかったのも今回の遭難死の遠因かと推測しております。
エベレストの酸素濃度は7%前後(地表の1/3前後の酸素濃度)と言われてますので、無酸素で登頂するのは相当厳しい挑戦であることが分かりますよね。
しっかりと「高度順応」をして低酸素の中でも動けるよう準備していたと思われますが、それでも山の上で体調不良を起こしてしまうと一気に厳しい状況になってしまうのが高山の恐ろしさですよね。
ただ、今回のエベレストの挑戦は、少し急いでいたのか、高度順応の期間が1ヶ月程度短く設定されていたので(本来2ヶ月ほど必要みたいです)、その判断間違いがあったのかも知れません。
今回、世界最高峰のエベレストの登頂を目指して今回で8度目の挑戦でしたが、9本の指を凍傷で失った2012年のエベレストの挑戦の時に、「も~止めた方が良いのではないか」と、思ってしまいました。
栗城史多さんの挑戦する姿を見ていると、いつか山で命を落としてしまうのだろうな、という根拠のない不安を覚えておりました。
今回、現実になってしまいましたが、諦めない「強い意志」には称賛に値するかと思います。
ただ、死ぬのはまだ早いですし、本人も悔いが残っているのではないかと思ってしまいました。
今回の件は、無謀登山になるのか?それとも勇気ある登山になるのか。
意見が別れてしまいそうですよね。
ただ、登山中に亡くなってしまうと「無謀登山」と思われても仕方がない事かなと思ってしまいます。
エベレストの遭難について
登山をしていなくても「エベレスト」の名前くらいは聞いたことがありますよね!
世界で一番標高の高い山になりますが、山の高さは8,848mになります。
日本で一番標高の高い富士山が3,776mですので、エベレストは2倍以上の高さになります。
勿論、私はエベレスト登ったことはないのですが、どんな景色が山頂から広がっているのか非常に興味があったりします。
そんなエベレストですが、登山中の遭難事故も多く「登山者死亡率」は1.4%とかなり高く推移しております。
1.4%ですので、エベレストの登山に100人挑戦すると、約1人がお亡くなりになってしまう計算になります。
その年の天候やルートの状況によってだいぶ違うみたいですが、エベレスト登山は死と隣り合わせであることが良く分かる数字ですよね。
今回、栗城史多さんは8回目の挑戦でエベレストでお亡くなりになってしまいましたが、上述した「確率」だけを見ると、まだまだ山で死ぬことはなかったのかなと思ってしまいました。
ただ、「たら」、「れば」になってしまいますので、この辺にしたいと思います。
エベレスト登山の歴史について
世界で初めてエベレストの登頂を果たしたのは、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイの2名ですが、その歴史は浅く、1953年になります。
今年は2018年ですので、人類が世界最高峰を登頂して、まだ65年しか経っておりません。
その後、色々な方が登頂を果たしましたが、先日、癌で他界した登山家の田部井 淳子さんが女性で初めてエベレストの登頂を果たしのが有名ですよね。
田部井さんのファンだったのですが、有名な登山家がどんどんこの世を去ってしまうのが本当に残念でなりません。
栗城史多さんの評価は、これから色々と出てくると思いますが、世界七大陸最高峰のうち六大陸は制覇されていた方だったと記憶してますので、立派な登山者だったのではないかと思っております。
なかなか六大陸制覇もできるものではないですからね。
栗城史多さんの遭難事故死に思うこと
今回の低体温症での遭難死の原因は「体調不良」だと思いますが、「単独・無酸素エベレスト登頂」についても、栗城史多さん独特の考え方があるので、一般の登山者にとっては、少し分かり難いものがあるかと思います。
今回、「単独」とは言っても、シェルパと一緒に登頂を目指してましたし、栗城史多さんの「無酸素」の定義もチョット複雑なので、色々な議論があるのも事実ですよね。
自分の荷物を自分で担ぐことを「単独」と栗城史多さんは定義してましたが、私には理解できせんでした。
また、「日本人初の世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂」を目指していると公言していましたが、酸素が必要なのはエベレストのみですし、何かあるときに備えて、酸素ボンベをキャンプまで持っていく姿勢からすると、???と感じてしまうところがあります。
栗城史多さんのエベレストの挑戦を「無謀登山」と思っている方も多いのかな!?と、個人的には思っているのですが、なかなか評価が難しい所ですよね。
ただ、それでも7,000m、8,000mの所を登ってしまうのは、並大抵な体力・気力・技術ではないですよね。
色々と物議があった栗城史多さんですが、最後まで頑張ったところは、シッカリと評価したいなと私は思います。
栗城史多さんの死因の修正
2018年5月25日加筆
当初、栗城史多さんの死因は「低体温症」でしたが、エベレストの下山中に滑落し、頭や体を強く打ったことが原因であったと訂正がありました。
滑落し、その場から動けなくなってしまった結果、「低体温症」になってしまったと思うのですが、「滑落で即死」だったのかどうかの発表はありませんでした。
体調を崩し、朦朧とした中での下山だったのが引き金であるのは間違いないですよね。
下のベースキャンプにいた人間に連絡を取り、複数で下山していたならば、また違った結果になっていたかもしれませんよね。
栗城史多さんの死因を「低体温症」から「滑落に伴う全身打撲」に修正いたします。
まとめ
エベレストの山頂付近には、遭難死し、回収されずに放置されたご遺体が100人以上あると言われております。
そんな過酷な環境の中で、栗城史多さんのご遺体が回収でき、日本に帰れるだけでもご遺族にとっては救われる部分があるかと思います。
やっぱり、自分よりも若く山を愛する人間が亡くなってしまったというニュースを聞くと寂しいものがございます。
彼とは違う世界での登山にはなりますが、私は山の中で死にたくないので、自分の技量にあった楽しみ方で続けていきたいなと考えております。
先日遭った「新潟県の登山中に遭難した親子」のように、低い山でもなかなか下山できず、今日現在見つかっておりません。
エベレストのような遠い世界の話よりも、身近で起こる山の事故の方が気になってしまう感じです。
最近、阿賀野市の五頭連山の遭難の続報が報道されなくなってきましたが、そちらも気になりますよね。
今後、栗城史多さんのエベレストの遭難事故について続報が入ると思いますので、そちらに注目してみたいと考えております。
新潟県の五頭連山の遭難事故について書いた記事になります。
良かったらご参考にしてみてください!